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「面白い」を求め「人間」を考えた旅  ~美術留学体験記~

“面白いもの”というのは、質の違うもの同士の境界から生まれて来ると信じている。様々な質が交差し集まる土地。面白いものの宝庫だろう。そんな思いから私はこの場所を目的地に選んだ。

ー橋本悠希(美術家)

「死にそうな目に遭ったとかそういう大それたものだけが“体験”じゃない。ただ道を歩いていて石に蹴躓く。その小さな石に大きな意味を持たせ体験とみなす能力が重要なんだ。」
 文章を書くという事についての三島由紀夫の言葉だが、イスラエル滞在ではまさに、真っ青な空とベージュの石壁の前で銀色がかったオリーブの葉が土埃の風に揺れている。そんな何気ない日常の光景が私の身体の中に“体験”として深く刻み込まれる思いがした。

 文化庁在外研修制度を利用して1年間エルサレムに滞在し、美術作品の制作やフィールドワークを行う中でまずありがたかったのは、良い意味でお節介なイスラエルに住む人々の人柄だった。スマホ片手にウロウロしていれば1人2人は「助けは必要?」と声を掛けてくれるし、スーパーで商品を手に取れば横から知らないおじさんに「こっちの方が美味しいよ」と話し掛けられる。電車で隣になった人と話が弾み週末の家族との食事に招待してもらうこともあった。“人間と暮らしている”生まれてこのかた人間と暮らしたことしかないのだがそう感じた。

個人同士の付き合いと“大きな主語”同士の付き合いの違い

現地の方々に助けられ、私自身怖い思いは何もなかったが、ラマダン時期にはテロが増え、ガザ地区にはミサイル攻撃、アパートから歩いてすぐの場所でバスの銃撃もあった。また滞在中にロシアのウクライナ侵攻が始まった。フェイクニュースやプロパガンダといった言葉を多く見聞きし、我々の知る歴史は戦勝国の歴史のコラージュであると改めて感じた。そこで人間の営みの真実を知る存在として、土を使って作品を作ることにした。まずはエルサレムを中心に様々な地域から土を集め顔料を精製した。(イスラエルでは至る所で荷物検査があるのだが、土がみっちり詰まった大きなペットボトル4本がリュックから出てきた時にはかなり怪しまれ大変だった。)古と今、東と西が交差し、複雑で分厚い歴史と文化の積層の上に建国された国の土。日本から来たこの土地にとって何でもない私が使用する素材として正しいのか。後ろめたさのようなものを感じつつその気持ちが最後まで消化されることはなかったが、それでも日本から持参した和紙とその顔料は相性が良く見えた。
 同時に聖書に使われる羊皮紙に羊毛で刺繍する作品も制作した。古くからの技法と素材を使いながらも、ピクセルの集積でイメージを作っていくというコンピューターの画像処理にも通じる手法を用いることで、人の営みを表現してみたいと思ったのだ。皮に針を刺していく感覚を大切にしながら。
 イスラエル。興味が尽きる事のないこの土地を必ずまた訪れようと思う。

年配の男性人の肖像画

橋本悠希(Yuki Hashimoto)

美術家。1988年生まれ。武蔵野美術大学で版画を学んだのち、多摩美術大学に編入し陶を学ぶ。民俗学などをベースに、様々な素材や技法を用い、「我々は何者か」という人類普遍のテーマに挑んでいる。2018年第21回岡本太郎現代美術賞入選、第3回マカオ版画トリエンナーレ入選。2021年10月から2022年10月にかけて文化庁新進芸術家海外研修制度研修員としてエルサレムに滞在。国内外で活動を行なっている。

<Webサイト>
https://yuki-hashimoto.amebaownd.com

<Instagram>
@yuki_hashimot

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