Israel Ministry of Foreign Affairs
食の考察 「天国の味-アラブ・キッチン物語」展
イスラム美術博物館(エルサレム)による、アラブ料理とイスラエルの食の変遷に関する企画展
いつから中東に住む人々は美味しいフムスを探し求めるようになったのだろうか?
エルサレムのイスラム美術博物館で開催されている企画展で、その答え以上のことを学ぶことができる。
―バリー・デイビス (「エルサレムポスト」記者)
いつから中東に住む人々は美味しいフムスを探し求めるようになったのだろうか?ファラフェルやタヒニはどうだろうか?エルサレムのイスラム美術博物館で開催されているA World of Flavors 味の世界と名付けられた展示では、その答え以上のことを学ぶことができる。東のイラクから西のスペイン、紀元七世紀のイスラムの到来からオスマン帝国のキュイジーヌの進化を、時には現在のものを交えながら紹介している。会場には様々なサイズ、形、質、色、そして機能を持った皿の数々と共に、芸術作品や古代の料理本の原本や複製本など、視覚に訴える美しい作品が幅広く展示されている。
イスラムの夜明けから千年が経った。その当時は今のようなデジタル情報社会ではなく、一般的に貿易やその他の繋がり、もしくは軍事的な征服により、異国から新しいアイデアが入って来た。
イスラム帝国が中東、北アフリカ、そしてスペインへと広がるにつれて、その文化は現地の生活スタイルに浸透し始めたが、当然それには食習慣も含まれていた。そのため、キュレーターのアディ・ナミア=コーエン氏とリモール・ユングマン氏が来訪者に世界と料理を紹介する展示を決めたことは、賢明な判断だった。最初の展示コーナーの壁には、地中海周辺から東のイラクまでを示す大きな地図が掛かっている。センスよくデザインされた地図から、どの料理がいつ、どこから来たのか、基本的に分かるようになっている。フランスで食品史の博士号を取得したユングマン氏は言う。「この展示は、米、サフラン、シナモン、オレンジ、砂糖、ナスという、6つの原材料を通して、7世紀に始まるアラブの征服物語を伝える地図から始まります」。そのアイデアは、訪問者にできるだけ多様な食材を紹介することにあった。「これらのスパイス、果物、野菜がこのキュジーヌの特徴であり、征服の結果、他の地域にも広まりました」と、ユングマンは続ける。
その他のフルーツに関する展示もある。例えばナツメヤシの実。コーランによれば、健康的で栄養価が高く、満足感のある食べ物として、預言者ムハンマドはこれを奨励した。また、安いおやつでもあった。イスラム教は広く乾燥地帯から興ったため、ヤシの木はその気候に耐えられる数少ない植物の一つだったのだろう。ラクダの乳と穀物もアラビア半島では簡単に手に入り、一般的なお粥の具材に使われた。
一方、社会の上層部である支配者は、宮廷料理人を持っていた。料理長は国家元首に食事を楽しませるだけでなく、完全な栄養が入った食事を作る任を受けていた。興味深いことに、奴隷として王宮に連れて行かれた女性たちも厨房で働くようになり、中には要職に就く者もいた。また、料理人の仕事は、単に魅力的で風味豊かな料理を作るだけに留まらなかった。料理人は美食文化の担い手として、宮廷料理コンテストの開催、美食を題材にした詩の創作、料理本の作成などで大いに活躍した。
フムスのバリエーションが表す、地域文化の多様性
展示会には、サプライズ的な要素もある。フムスに混ぜる材料に変化を持たせるために、当時の料理人がどのような手間をかけていたのかなどがそれだ。日々の営みが今ほど容易ではなかった時代、人々はもっとシンプルなものを求めていたと思うかもしれない。しかし、そうでもなかったようなのだ。「カイロの料理本には、フムス料理にどれだけの調味料やスパイスを使っていたかが分かるレシピが載っています」と、ユングマンは指摘する。「それは、現存する最も古いフムスのレシピの一つです」。政治的な対立はあるにせよ、フムスはこの地域の全ての国の共通語のようなものだ。「アラブ料理は、イスラム教徒の占領下にあったこの地域全体を繋ぐ要素として広まりました」と、ユングマンは説明する。絵画や建築、音楽など、他の芸術や文化の分野と同じように、一般的な食の考え方は、しばしばその文字通り、その地方ごとのスパイスが加えられていった。
「当時の人々が使っていた食材の中には、現代の私たちが使わないようなものが多々あります」と、ユングマンは指摘する。「それこそが、この展覧会が目指しているもの、アラブキュジーヌが、食材、味、色彩の面でいかに豊かであったかを紹介することだったのです。私たちは頭の中で、ラクダのキャラバンや簡素な生活様式といったものをイメージするかもしれません。しかし、当時はこんなにも豊かな料理があったのです」。しかし、それは一概には言えないことも、付け加えておこう。ユングマンは、田舎の人々が口にする料理と、都会に住む人々が食する料理には、明確な違いがあったと説明する。「田舎の料理はシンプルですが、都会の料理はとても贅沢なものでした」。
それはイスラエル料理全般にも大いに当てはまる。文化のるつぼであるイスラエルは、世界各地にルーツを持つイスラエル人が多く住んでおり、おそらく世界で最も幅広い食材を持つ国の一つだろう。確かに質の高い料理を好む観光客は、この国からなかなか離れられない。数十年にも渡って、波のように世界中から押し寄せる、主にユダヤ人の移民が、様々なグループに食の大混乱を来した。それぞれが故郷の文化や食の遺産を持ち寄り、知らず知らずのうちに元々その地にあったものが強化されていったのだ。
それだけでもきっとあなたを驚かせ、見るだけでよだれが出そうになるだろう。さあ、召し上がれ。
(「エルサレムポスト」https://www.jpost.com/must/article-751783/ 翻訳:宮森久子)
<展覧会>
"Tastes of Heaven - Tales from the Arab Kitchen" (天国の味-アラブのキッチンのお話)
イスラム美術博物館(エルサレム)
会期:2023年7月14日~2024年5月4日
キュレーター:リモール・ユングマン博士、アディ・ナミア-コーエン
クリエーター: エドナ・アシス
バリー・デイビス(エルサレムポスト紙 記者)
過去30年以上、主に芸術および文化についての記事を寄稿する。また、イスラエルのみならず、他国のアート展を紹介し、芸術スタイルやその影響力について幅広く執筆している。アートの他に、クラシック音楽、民族音楽、オペラ、ジャズ、ブルース、ロック、ポップス、演劇、映画、文学など、多くの分野を扱っている。また、ホロコースト生存者の息子として、ホロコーストに関する執筆も多くある。『エルサレムポスト』紙の他に、ヘブライ語日刊紙『マーリブ』、シカゴを拠点とする『ダウンビート』誌、オーストラリアのメルボルンを拠点とする『エイジ』誌、ウィーンのユダヤ博物館など、世界中の様々な機関に寄稿している。(Ⓒ Yossi Zwecker)