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砂漠の林檎

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© StateofIsrael

 ベエル・シェバを出ると、新しい道が目の前に広がった。
 いっしょに暮らしているという男を爪でひっかいて、年取ってからやっと生まれた娘にこんな仕打ちをするなんてって、目をえぐり抜いてやりたい。そうしたら、男は恥さらしだと言われてキブツを追われ、娘はわたしといっしょにエルサレムに戻ってくれるかもしれない。
「髪をひっぱってでも連れ戻す」と、ヴィクトリアは妹のサラに誓ってきていた。
 毎月はじめに姪を訪ねる妹のサラの口から聞いたのだった。若者と知りあったのは16歳のときだった、と。当時、軍の士官だった若者は、宗教的な娘たちに軍事教練について説明するために連れてこられたのだという。男性による説明は宗教的な娘たちの心を毒する、とその後、軍事関係者にお叱りがくだったが、リフカの心にはもうシミがついてしまっていた。友だちを通じてこっそり手紙が届き、若者がキブツに戻ったあとも手紙は続いた。
 そして、愚かなリフカ、赤ん坊の頃から男の子と見間違えられ、見栄えもよくなければ、とりたてて愛敬もないリフカは、若者に心を奪われ、18歳になると砂漠に住む若者のもとに行ってしまった。
 ベエル・シェバを遠ざかるにつれて、風が強くなりだした。ヴィクトリアはあれこれ思い悩んでは、重いため息をついた。
 リフカがわたしに背を向けたら? 追い出されたらどうしよう? リフカの相手が手をあげて殴りかかってきたら? 明日の朝までバスはないような場所で、面前で戸を閉められたら、どうやって夜を過ごせばいいんだろう? キオスクのハイムが電話してくれたはずだけど、その伝言が届いていなかったら?
 ヴィクトリアは、旅慣れていなかった。4年前、石女だと言われていたシフラ・ベンサソンがティベリアで出産したとき以来、エルサレムの町を離れたことがなかった。
 運転手はまた「ネベ・ミドゥバール」と叫び、バック・ミラーに、かごをひきずりながら降りていくヴィクトリアの姿を認めた。
 砂の上に2本の足で立つと、乾いた風が喉を突いた。長いバス旅で身体がこわばり、陽ざしに目が眩んだ。ヴィクトリアは足もとにかごを置いて、見知らぬ国にたどり着いた旅人のように、あたりを眺めた。黄ばんで平坦な裸地が見渡すかぎりに広がり、木々は土ぼこりのなかで、色をなくしていた。エルサレムの美しい山と澄んだ空気を捨てて、どうしてこんなところへ?

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