
Israel Ministry of Foreign Affairs
砂漠の林檎

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舗装路まで歩き、通りかかった女の人にリフカのことを聞くころには、スカーフのなかが汗でぐっしょりになった。ヴィクトリアは、積みかさねた鍋を腕いっぱいに抱えて歩く女を、くらくらする頭で眺めた。その女はストッキングなしの裸の足に男物の靴をはき、軍用のソックスをくるぶしのところで折っている。道の向こうに娘がひとり見えたが、その娘もズボンをはいて髪を短く切っている。鍋を抱えた女が言った。
「ほら、あれがリフカですよ」
ヴィクトリアは、「いえ、あの人じゃないリフカ……」と言いかけ、近づいて来るのがたしかに自分の娘のリフカだと気がつくと、涙声になった。娘は抱えていた洗濯かごをそばに置いて駆けてきた。頭を娘に押しつけると、涙があふれでた。
「なんなの……どういうことなの……」ヴィクトリアは鼻を詰まらせた。「おさげはどうしたの? それに、ズボンなんてはいて……なんて格好して……」
リフカが目の前で微笑んでいる。
「そういうと思ってた。着替えるつもりだったけど、間に合わなかった。4時のバスで来るって思ってたの。何時に家を出たの? 6時?」
「5時じゃいけなかったかい?」
「さあ、さあ、もう泣かないで。ここがわたしたちの部屋。ほら、ドヴィよ」
ヴィクトリアは、娘の短く切った髪、お尻にツギがあたって裾がほつれたズボン、鶏小屋の汚物がついた靴に度胆を抜かれたが、気がつくと、大きな腕にしっかりと抱えられていた。明るいにこやかな顔が、すぐ目の前にあった。
「母さん、こんにちは」
声がして、持ってきたかごはもう男の手に渡っていた。きゅうに手もとが軽くなって落ち着かないまま、娘にひっぱられるように日陰の部屋に入ると、椅子をすすめられ、ジュースのコップを手渡された。目をしっかりあけているのに、なにを見ているのかわからなかった。あとになっても、縁どりをしたチェック地のカバーがかかった、大きなベッドと赤毛の大男の声しか思いだせなかった。
「ようこそ、母さん」
また、はっきり「母さん」と呼ばれて、ヴィクトリアはジュースをごくんと飲み、むせて咳きこんだ。ふたりがあわてて、乳を飲むのが下手な赤ん坊にするように、背なかを叩いてさすった。
「ほっといておくれ」ヴィクトリアは力なく言って、ふたりを押しのけた。それからひと呼吸おいて、「ちゃんと見せなさい」と声を荒らげた。「なんなの、その靴は。安息日用の靴だったんじゃないの」
リフカが笑った。
「今週は鶏舎で働いてるの。新しいニワトリが届いたから。ふつうは菜園で働いてるんだけど、今週は特別なのよ」
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