
Israel Ministry of Foreign Affairs
砂漠の林檎

© StateofIsrael
「で、ここは?」ヴィクトリアは小声できいた。
「ここは、ずっといいわよ」
赤毛の大男のドヴィについて聞かなければと思いはじめたころ、戸が開いて、明かりがつき、当の本人が姿を見せた。
「電気代の節約かい。ちょっと口にするものを持ってきた。ヨーグルトに野菜。新品のプラスチックの皿だから、宗教的にも大丈夫だよね。食べたら母さんをオスナットの部屋にお連れしろよ。あの部屋、今日は空いてるから。すごくお疲れのはずだもの」
灰色に変わっていく畑地に面した部屋で、ヴィクトリアは胸のうちを整理しようとした。単調で陰鬱な歳月に、彼女のきびしさはたわみ、それに、すでに悟っていた。髪の毛をひっぱっても、娘をエルサレムに連れもどせはしない、と。ふいに、すべてがひっくり返ってしまった。怒鳴りつけようとやって来たのに、その戸口で、口は渇いたままだった。
リフカはきびしかった。
「ここに来るのに半年もかかったなんて、どういうわけ?」
「父さんがいやがってね」
「で、母さんは? 母さんには、自分の意志ってものがないの?」
返すことばが見つからなかった。
食堂に案内しようとやって来たドヴィに、ヴィクトリアは憤りを吐きだした。けれど、心のなかでは彼を恕していて、それで、いっそう腹立たしかった。
「ドヴィなんて、どういうつもりでつけたんだろうね」怒りにまかせたことばが口をついて出た。
「おふくろの父親の、ドヴって名をもらったんです。戦争でドイツに殺されたんですが」
「でも、ドヴィって赤ちゃん名前じゃないの」
「平気です」ドヴィは肩をすくめ、それから立ち止まると、冗談めかした真面目さで言った。「でも、お気にさわるようでしたら……明日、変えましょう」
ヴィクトリアは笑いを抑えこんだ。
その夕べ、テーブルについたふたりは、大きな食堂のなかを各種の料理を詰めこんだワゴンを押しながら、それぞれの好みの料理を聞いては、皿に盛り分けていくリフカの姿を目で追った。
「母さん、もういっぱい飲みものをいかがです?」
そう聞かれて、むっとした。
「母さんなんてお呼びだけれど、わたしはお宅のなんなんです?」
「どうしても、ぼくの母さんになってほしいんです」
「そう? で、誰が邪魔だてしてるのかしら?」声に、妹のサラのいたずらっぽさが混じりこんだ。
「あなたの娘さんです」
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